
(小池)今回、代表に付き添わせていただき各地を訪れる中で様々な方々と出会う貴重な機会に恵まれました。その一つひとつの出会いにはそれぞれの人生や活動の背景があり、何気ない会話の中にも心に残る言葉や大切な気づきがありました。初めてお会いした方でありながら以前から知っていたような親しみを感じることもあれば、長い年月を経て約束が実現する場面に立ち会うこともありました。
先生方との温かな支えや地域で人と人をつなぐ活動や自分らしい生き方を大切にする姿、そして周囲を笑顔にするユーモア。ご縁に同行させていただいたからこそ、こうした多くの人々の思いや物語に触れることができたのだと思います。出会った方々の言葉や姿は単なる旅の思い出ではありません。すべてがこれからを歩むうえでの励ましとなり、人とのつながりの大切さをあらためて教えてくださいました。
ここでは代表とともに訪ねた先々で出会った心に残る方々とのご縁とそれぞれの物語をご紹介します。

まず國松先生について、なんと後述するイベントへ顔出すとの代表からの一報を見て連絡が一切取れていないのに一報もらったからと快晴だしとロードバイクを走らせ、イベント会場に会いに来てくださった國松先生の熱。その偶然が重なり奇跡のように代表が出会えることに強い人とのつながりを感じました。おかげで直接たくさん話をさせていただけましたが今でも國松先生がおっしゃっていた言葉でとくに心に残っている言葉があります。
「自分の物語の主人公は自分」
誰かが人生を書いてくれるのではなく自分自身が主人公として一歩一歩物語を紡いでいく。その言葉を胸にこれからも笑顔あふれる自分らしい物語を主人公として大切に歩んでいきたいと思います。

國松先生が登場した竹工房 川部の郷(妹背の里)竹灯篭教室代表の渡部(わたなべ)さんとの交流。うちの代表とは同じ漢字でありながら読み方が異なる名字という共通点から一気に親近感?意気投合?したらしい。その際、「竹灯籠を見に伺います」と約束を交わしたそうです。コロナ過ということもあり、中々すぐには実現できなかったものの数年の時を経てその約束がようやく果たされた場であった。よく代表は「できない約束はしない」という信念を大切していると言ってはいるが…その瞬間に立ち会え多くの感動を味わうこととなった。
また竹灯籠づくりに携わる代表の渡部さんは、「声をかけていただければ、竹灯籠を持って妻と一緒に伺います」と話してくださいました。その言葉を受け、代表もゆかりの福島で竹灯籠の催しを開催できたらと思いを巡らせてました。地域の人々が温かな灯りのもとに集い、新たな交流が生まれる機会になればと願っています。

つづいて和歌山県で市野さんと会うことに。私は初めてお会いしたにもかかわらず、どこか以前から知っているような安心感を覚える方でした。話はとても広く、まずは新たなチャレンジの移動図書館での活動やご自宅にある水族館のような空間づくりなど暮らしそのものを楽しみながら地域と関わっていらっしゃいました。
そこから一緒に外を歩いていると気軽に通りすがりの方に声を掛けられる姿も見られました。その様子から市野さんが地域の多くの方に親しまれ日々の暮らしの中で人と人をつなぐ存在であることが伝わってきました。さらに市野さんおすすめのチーズケーキを味わいながら地域での暮らしや活動についてたくさんのお話を伺いました。
また大津で開始された健生全国大会(2019)での阿波踊りのエピソードも伺いました。市野さんに代表が背中を押され輪に入ることができ一緒に踊ったと…そのお話を聞いて、私もこがねい産業祭りで代表に背中を押されて阿波踊りを踊ったことを思い出しました。「代表は市野さんの思いをきちんと引き継いでいますね」とみんなで大笑いしました。
その中で印象的だったのは「自分の得意なことを一つやればいい」という言葉です。無理をして何でもやろうとするのではなく、自分らしくできることを続けていけばそれが誰かの役に立って地域とのつながりにもなる。そんな市野さんの考え方がご自身の生き方そのものに表れているように感じました。
市野さんは突然押し掛けたのに終始、笑顔で楽しそうに語られる姿がとても印象的でした。地域で過ごす時間を心から楽しみ、その楽しさが周囲にも自然と広がっていく。さらに道場指導までいただいた市野さんは、そんな温かな空気をまとった方でした。

関西に行くキッカケとなった障害者虐待防止学会のグループワークと、そこでは日本社会事業大学の曽根先生と縁がありグループワークをご一緒させていただきました。「虐待」という言葉は誰もが知っていますが私自身は専門的な知識があるわけではなく専門家の皆さんに交じって意見を述べることに大きな難しさを感じていました。
そんな中、曽根先生は利用者本人だけでなく、その家族、施設職員、警察など、それぞれの立場や関わり方について分かりやすく話して説明してくださいました。虐待は一人の問題ではなく多くの人や機関が関わる中で起こり、また防いでいくものだということを学びました。
グループワーク後の全体でのまとめでは、曽根先生から「ではグループをご一緒した渡部さん一言お願いします」と突然のご指名がありました。突然の振りにもかかわらず、代表は「東京から勉強に来ました」と場の雰囲気を和ませる一言から話し始め、会場からは驚きとともに温かな反応が広がりました。その後も落ち着いて学びや感想をまとめる姿に改めて対応力と人前で話す力の高さ(熱意!?)を感じて頭が下がる思いでした。
(追記)さらに温かい人柄やユーモアが伝わる人物紹介すると次のようになります。

まずは品川の松田さん、「トランプと同級生なんだよ」そう笑いながら話し始める松田さん。その気さくな一言に場の空気が一気に和らぎました。そういえば町内会の集まりでは気がつけば自分たちが一番年上の世代になっていたそうです。近所付き合いが少しずつ減っていく中、奥様に「これから先、何をしたい?」⇒「駄菓子屋をやりたい」と言われたことが新たな転機になったそうです。
その場所は子どもたちだけでなく地域の人たちも気軽に立ち寄れる温かな居場所になっています。畳の部屋で寝転がった子どもが「おちつくー」とつぶやくこともあるそうです。その話をしながら「生意気だろー」と笑う松田さんの表情からはその言葉がうれしくてたまらないという気持ちが伝わってきました。
駄菓子を売るだけではなく人が集いほっとできる時間をつくること。きっとそれが松田さんの思いであり地域にとってかけがえのない居場所になっているのだと感じました。何故だか松田さんと市野さんは同じ雰囲気を感じます。そんな松田さんを恩師として松田先生と呼び慕う代表と先生なんてこそばゆいし言わないでという松田さんを傍で見ていると羨ましくもあり嬉しくもあり、そんな人の縁に強い憧れをいだきます。
やっと退院して学位が届いたらすぐに半身麻痺の身体を引きずりながらも、この度なんとか大学院卒業の報告したいと父を慕うように嬉しいそうな代表と反対に子を喜ぶような松田さんのシーンに立ち会えたことに、お二人には心から深い感謝をいたします。

最期に北原先生とのご縁、1月に代表が脳出血で倒れた際に私が最初にご連絡したのが大学院の北原先生でした。大学院卒業に関する件で私からの無理なお願いをメールでお送りしたにもかかわらず先生はとても丁寧にお返事をくださり、さらに温かい励ましの言葉まで添えてくださいました。そのお心遣いが当時どれほど心強いものだったか、今でも忘れることができません。
その後、代表が無事に退院して先生にお会いすることができた際にはご自身のことのように喜んでくださいました。その喜びにあふれた瞬間を一緒に過ごせたことは何よりもうれしく大切なの思い出となっています。そして北原先生をはじめ先生方の温かいご理解とご尽力のおかげで代表は無事に入院中なのに大学院を卒業して学位を取得することができましたこと北原先生をはじめ支えてくださった先生方の温かなお心遣いに心より感謝申し上げます。

(小池:編集後記) 今回、代表に付き添い各地を訪ねる中で多くの温かなご縁に立ち会うことができました。数年越しの約束が実現する瞬間や代表の卒業を自分のことのように喜んでくださる姿から人とのつながりが生きる力になることを強く感じました。
また「自分の物語の主人公は自分」「自分の得意なことを一つやればいい」という言葉は私自身の心にも深く残っています。代表に付き添っての出会いでしたが私の方が多くを学び励まされました。温かく迎えてくださった皆さま、支えてくださった先生方、そして出会ったすべての方々に心より感謝申し上げます。
